大阪地方裁判所 昭和63年(わ)3887号 判決 1988年12月22日
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 昭和六三年一〇月一二日午後三時ころ、大阪市平野区瓜破二丁目一番一三号所在のジャスコ株式会社東住吉店二階紳士服売場において、同店店長A管理の紳士用ジャケット外一点(時価合計二万五六〇〇円相当)を窃取し、
第二 前同日午後三時過ぎころ、前記ジャスコ株式会社東住吉店二階紳士服売場において、同店店員Bに対し、前記窃盗にかかる紳士用ジャケット一着を示して、同品を同店から買入れたのではないのにかかわらず「母が買ってきたんですけど、ダブってしまったので返品したいんです。お金を返して欲しいんです。」等と虚構の事実を申し向け、同女から商品返品名下に金銭を騙取しようとしたが、同女に右紳士用ジャケットが盗品であることを看破されたためその目的を遂げず、
第三 同年九月一九日午後三時五分ころ、前記ジャスコ株式会社東住吉店一階紳士婦人服売場において、同店店長A管理のセーター一着(時価一万一八〇〇円相当)を窃取し、
第四 前同日午後三時九分ころ、前記ジャスコ株式会社東住吉店一階紳士服売場において、同店店員Cに対し、前記窃取にかかるセーター一着を示して、同品を同店から買入れたのではないのにかかわらず「妹が同じ物を買ってきた。同じ物はいらないのでこれを返すから金を返して下さい。」等と虚構の事実を申し向けて同女をその旨誤信させ、即時同所において、同女から現金一万一八〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、
第五 同年一〇月一〇日午後〇時二五分ころ、前記ジャスコ株式会社東住吉店二階紳士服売場において、同店店長A管理の紳士用ジャケット一着(時価一万九八〇〇円相当)を窃取し、
第六 前同日午後〇時二七分ころ、前記ジャスコ株式会社東住吉店二階紳士服売場において、同店店員Dに対し、前記窃取にかかる紳士服ジャケット一着を示して、同品を同店から買入れたのではないのにかかわらず「親父が買ってくれたんやけど、間違ごうたらしい、お金を返して下さい。」等と虚構の事実を申し向けて同女らをその旨誤信させ、即時同所において、右Dの上司である同店店員Eから現金一万九八〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、
たものである。
(証拠の標目)<省略>
ところで、弁護人は、判示各窃盗罪につき、被告人には不法領得の意思がなく、占有侵奪の事実もなかったから、いずれも無罪であると主張しているので、この点につき、若干補足しておく。
先ず、弁護人は、被告人の本件各商品持ち出し行為の態様は、売り場から僅か数十メートルしか離れていない同じフロアーにあるトイレ等に持ち込み、値札や商品表示カードを外した後、すぐ売り場に戻り、レジ係に返還するというものであり、この間の距離は僅かで、時間も数分間にすぎないうえ、被告人は、持ち出す当初から、これら商品を、衣類として着用する意思などなく、そのままの状態で売り場へ返還する意思であったから、被告人には、権利者を排除し、商品を自己の所有物として利用・処分する意思はもちろん、商品をその経済的用法に従って利用・処分する意思もなかったと主張する。
しかしながら、被告人は、本件各商品を、単純に、もとに返還するというのではなく、あたかもこれら商品の正当な買主(即ち所有者)であるように装って返品し、代金相当額の交付を受ける意思の下に、売り場から持ち出したものであって、被告人のこのような意思は、権利者を排除して物の所有者として振舞い、かつ、物の所有者にして初めてなしうるような、その物の用法にかなった方法に従い利用・処分する意思に外ならないというべきである(現に、被告人は、トイレ等に持ち込んだ商品から値札や商品表示カードをはずしたり、持ち込んだ商品の一部であるズボンの裾上げができていないことが判ったため、返品を装うことができないとして、これをトイレのごみ箱に捨てるなどしているのであるが、このことは、被告人が、右のような意思の下に商品を持ち出したことを示す以外のなにものでもない。)。そして、本件各商品持ち出し行為が右のように、返品を装って代金相当額の交付を受けようとする意思に基づくものである以上、持ち出し場所から返還場所までの距離が短かったことや、時間的間隔が僅かであったこと、更には、被告人においてこれら商品を衣類として着用する意思がなかったことなどの所論指摘の事情にかかわりなく、被告人には不法領得の意思が成立するものといわなければならない。
次いで、弁護人は、前記のような本件各商品持ち出し行為の態様に照らすと、未だ被害者の占有が侵奪されたとはいえないと主張する。
しかし、被告人は、不法領得の意思をもって、売り場で本件各商品を手にするや、予め用意した紙袋もしくはビニール袋に入れすぐさま入れて隠匿したうえ、これを持ってその場を離れ、値札等をはずすべく店内のトイレもしくは踊り場に赴くなどの所為に及んでいるのであるから、これら事実に徴すると、本件各商品につき、被告人に占有侵奪行為があったことも明白である。
(法令の適用)
該当法条 判示第一、第三、第五の各所為はいずれも刑法二三五条
判示第二、第四、第六の各所為はいずれも同法二四六条一項(第二につき同法二五〇条を併せ適用)
併合罪加重 同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をする。)
刑の執行猶予 同法二五条一項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 那須 彰)